社簡易裁判所 事件番号不詳 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、弁護人及び被告人の主張の要旨は、
(一) 警察官が本件検挙に際して使用した速度測定器及びその主要部分をなすストツプウオツチ並びに巻尺は計量法に基く検定及び定期検査を受けていない。
(二) 右ストツプウオツチは、時計商中島匡が通商産業大臣の許可を受けないで、事業として改造したものである。
以上のような違法な各計量器によつて測定した結果を記載した速度測定カード及び犯罪事実現認報告書並びに右結果を内容とする証言には証拠能力がなく、これらの証拠を除けば、本件公訴事実を認定することができないから無罪の判決を求める、というにある。
二、判断
(一) 本件速度測定器は証人森田益吉(第四回公判)及び証人野地寿雄(第五回公判)の各証言並びに5B型速度測定器カタログに照し、装置全体としては、計量法第一二条にいわゆる計量器に該当せず、且つ同法第七一条第五号の速さ計に該当するものと解するのが相当であるから、同法六三条、六八条及び一三九条の適用なく、右測定器全体としては同法所定の検定及び定期検査を受けなくとも、取引上又は証明上における法定計量単位の計量に使用することを妨げないものというべきである。また、ストツプウオツチは計量法第一二条第三号イの時間計に該当する計量器であるが、計量法第六四条第一項第八号、計量器検定令第一条第一二号により計量法第六三条の検定を受けることを要せず更に計量法第一三九条第一項第二号により定期検査を受けなくとも取引上又は証明上における法定計量単位による計量に使用することを妨げないものといわなければならない。次に巻尺は計量法第一二条第一号ホの長さ計に該当する計量器であり、同法第六三条の検定及び第一三九条の定期検査を受けなければ、取引上又は証明上において法定計量単位による計量に使用することができない(計量法第六六条及び第六八条参照)。しかして、警察が交通取締においてスピード違反を検挙するために行う自動車等の速度の測定は証明上の計量にあたるものと解するところ、証人大西誉人、同八木賢招及び同横木福美(第八、九回公判)の各証言によれば、警察官は本件取締に際し、先ず巻尺で一〇〇メートルの距離をはかつて二点を定め、その間の自動車等の通過時間を本件速度測定器即ちストツプウオツチで測定することによつて、速度を測定したものであることが認められるので、結局巻尺を証明上における法定計量単位による計量に使用したものというべきである。しかし乍ら、<証拠>を綜合すれば、警察官が本件取締に際して使用した巻尺は、正規の検定に合格したものであつて明石交通安全協会が昭和三八年一二月一四日小野度量衡店から購入したものであるところ、明石市は毎年二月二〇日から三月末日までの間に定期検査を行つているので、本件巻尺は本件検挙日である昭和三九年一月八日までに定期検査を受けていないことを認めることができる。右認定の事実からすれば、本件巻尺が本件検挙当時までに定期検査を受けていないとしても、正規の検定に合格したものであり、且つ明石交通安全協会が購入してから本件検挙当時までに定期検査を受ける機会が未だ到来していなかつたのであるから、これを本件検挙に際し使用したこと即ち証明上における法定計量単位による計量に使用したことに何ら違法な点はない。
(二)<証拠>によれば、本件速度測定器のストツプウオツチは最初製造事業につき通商産業大臣の許可を受けた東京時計製造株式会社によつて製造された一回転六〇秒計のものであつたのを右許可を受けない森田電機株式会社が、同じく右許可を受けない時計商中島匡に依頼して一回転一五秒計のものに改造したものであること、右改造は、ヒゲゼンマイを短くし、テンブを軽くし、以前の文字板(目盛)を除去して森田電機で作つた文字板(目盛)を貼付したこと及び右改造は事業としてなされたことが認められる。
ところで、計量法第一三条によれば、計量器の製造(修理その他通商産業省令で定める工作(以下修理と総称する)。以外の改造を含む。)の事業を行おうとする者は通商産業大臣の許可を受けなければならないところ、前記認定の改造は計量器関係事業規則(昭和二七年二月二九日号外通商産業省令第六号)第一条に照し、「製造」に含まれるものと解すべきである。よつて、前記認定の事実によれば本件ストツプウオツチの改造は、製造許可を受けない者が事業としてなした計量器製造に該当するから、違法なものというほかはない。
そこで、右のような違法な改造にかかるストツプウオツチをその主要部分とする本件速度測定器を使用して得た証拠に証拠能力があるかどうかが一応問題になるので考えるに訴訟においては実体的真実を発見しさえすればよいのではなく、公正な手続によつてのみ真実は発見されなければならないことはいうまでもない。しかしながら、一方真の犯人はできる限りその罪に適応した刑を科して処罰しなければならないので、手続の公正を些末的に追求する余り、処罰さるべきものを逃がしてはならない。従つて、違法に収集された証拠の証拠能力の問題は、個人の人権ないし手続の公正と、犯人の効果的な処罰ないし実体的真実発見主義との調和のうえに解決を見出さなければならない。このような観点に立つて、いかなる場合に証拠能力を排除すべきかを考えると法律が明文をもつて証拠能力を排除する場合、正義を追求すべき裁判所が違法に収集された証拠を採用して犯人を処罰することが、却つて正義の要請に反する場合及び捜査官憲の証拠収集のための違法行為が当該証拠の証拠能力を排除するという方法によつて防圧されなければならない程手続の公正或は基本的人権を侵害するものであつて、法律が証拠能力を否定すると解釈しうる場合に限られるものとする。そして、右のいずれかに該当するか否かは具体的事案に即して綜合的に判断されなければならない。
本件について検討するに、警察官が、計量法所定の許可を受けない業者が事業として製造(改造)したストツプウオツチを主要部分とする速度測定器を使用して速度違反の検挙にあたつたことは、望ましくない事態であることは明らかである。計量法は、計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もつて経済の発展及び文化の向上に寄与することを目的として制定されたもので、この目的のため計量法は右の如き違反業者に対し、三年以下の懲役若しくは二〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨規定している。社会秩序を維持し、経済の発展、文化の向上に寄与し、犯罪を防止、抑圧すべき職責を有する警察官が、その職責に背反する事態を容認しつつ犯罪検挙にあたることは、警察及び司法に対する国民の信頼を失うおそれもあり即刻改善されなければならないところである。しかしながら、一方、計量法が、前記の如き、許可を受けない業者が事業として製造した計量器について、単にその故をもつてその使用を禁止する規定を設けていないことと、証人の各証言並びに工業技術院計量研究所大阪支所長作成の試験成績書(大第三三〇五二五号及び同三三〇五二七号)二通によれば、本件ストツプウオツチ及び巻尺がいずれも本件検挙当時器差極めて微少にして、正確性の点については問題のないものであることが推認できるのみならず、本件検挙にあたつては、警察官等は極めて慎重に測定をしていることが認められるので、本件測定には速度違反の成否及び量刑に影響を及ぼすような誤差はなかつたものと認められることを併せ考えたならば、本件速度測定器によつて測定した結果を記載した犯罪事実現認報告書及び速度測定カード並びに右結果を内容とする各証言を採用して被告人を処罰しても本件の場合正義の要請に反するものでないことは明白であるし、前記認定の如き計量器の無許可改造行為は、計量法によつてその改造業者及びその共犯者を処罰することによつて防圧すべきであつて、本件において、警察官が右の如き無許可改造の計量器を使用して、交通犯罪を検挙したという事態は、前記各証拠の証拠能力を排除するという方法によつてこれを防圧しなければならない程手続の公正或は基本的人権を阻害するものということはできないし、右の如き証拠の証拠能力を排除する法規及びそう解釈しうる法規も存在しない。
(もつとも、証人野村寿雄(第五回公判)及び通商産業省重工業局計量課長作成の昭和三九年一〇月二九日付回答書によれば、本件ストツプウオツチの前記改造は、ストツプウオツチの精度、耐久性に悪影響を及ぼすようであるが、それが具体的にどの程度のものかは不明であるのみならず小田貢作成の回答書に照し、前記認定を覆す資料とはならない)。
(三) 以上の理由により、前記各証拠は証拠能力を有するものと考えるので、弁護人及び被告人の主張はこれを採用することができない。(佐古田英郎)